研究内容

我々の身の回りには空気や水だけでなく,リンスやシャンプーなどに含まれる界面活性剤,インクや塗料などに含まれる高分子,マヨネーズや牛乳などのコロイド溶液,その他にも血液,液晶,ファインバブルと実に様々なタイプの流体が存在します.これらは「複雑流体」(非ニュートン流体)と呼ばれ,日常生活だけでなく工業・産業・医療において広く利用されています.複雑流体の流れは内部構造変化を伴うため,空気や水(ニュートン流体)とは大きく異なり,未解明で重要な流動現象が数多く存在します.

    本研究室では,大学院生と学部生がペアとなり,
  • 複雑流体の計測技術や数値シミュレーション技術に関する研究課題
  • 複雑流体を利用した流動制御・省エネ・工学応用に関する研究課題
  • 複雑流体の応力場・内部構造の医工計測技術に関する研究課題
  • に取り組みます.


複雑流体の流動構造の可視化と制御

界面活性剤溶液は,流動抵抗の低減(Drag Reduction)効果を示すことから,地域冷暖房空調システムにおける省エネルギー技術としての応用が期待されています.また,ファインバブルは環境負荷の小さい洗浄技術として注目されており,その産業利用は着実に拡大しています.このように,複雑流体は応用範囲が広く,高い機能性を有していますが,その流動挙動は非線形かつ多様であり,本質的な理解には困難を伴います.それでも,未知の挙動に向き合い,物理の本質を追究する過程において,新たな発見や応用可能性に日々出会えることが,この分野の大きな魅力です.

境界層流れのPIV計測の様子
乱流境界層流れの渦構造のPIV計測結果(上図:水流,下図:界面活性剤を注入した流れ)

固-液複屈折計測法による応力場計測

本研究室では,複雑流体の応力場や内部構造変化の理解に向けて,新たな光学計測手法の開発と応用に取り組んでいます.高速度偏光カメラを用いた固-液複屈折計測技術により,これまで困難とされてきた流体の応力場を非定常かつ非接触で可視化することに成功しました.この手法は,「固体」の応力分布のみならず,「流体」の応力応答を同時に捉えることを可能にし,固-液間(例えば,模擬血管と模擬血液)の応力相互作用の実験的解明に向けた有効な手段となることが期待されています.将来的には,血液のせん断応力に起因する脳動脈瘤の破裂メカニズムの解明や,血管内カテーテル引き抜き時に生じる応力場の解析など,医工学分野,とりわけ血行力学に関連する応用研究にも積極的に取り組み,その貢献を目指しています.

光速度偏光カメラを用いた固-液複屈折計測の実験の様子
固-液複屈折計測装置により計測した,脈動に伴う模擬血管(左図)と模擬血液(右図)の応力相互作用の可視化結果

複雑流体のレオロジー計測および内部構造可視化

本研究室では,高分子溶液,界面活性剤溶液,生体由来液体など,多様な複雑流体を対象に,そのレオロジー特性の解明を進めています.特に,せん断粘度(液体をこする際の粘度)および伸長粘度(液体をのばす際の粘度)の高精度な計測が可能な実験環境を整備しており,複数の回転式粘度計を用いたせん断粘度測定に加え,独自に開発した伸長粘度計(液滴落下法)を用いた伸長粘度の計測も行っています.これらの計測を通じて,複雑流体の流動挙動や分子構造・生体構造との関係性を明らかにすることを目的としています.

希薄高分子水溶液のフィラメントの破断の様子(液滴落下法)

さらに,高速度偏光カメラを用いることで,複雑流体の内部構造変化を可視化することが可能です.たとえば,ひも状ミセル水溶液は応力を受けると配向し,その構造変化により流動複屈折が発現します.本研究室では,液滴落下法を利用して一軸伸長するミセル溶液を対象とし,高速度偏光カメラによりその流動複屈折を非定常・非接触で計測するシステムを構築しました.これにより,伸長応力下におけるミセル配向の可視化と粘弾性応力との同時計測に成功しています.この技術は,液晶フィルムや溶融プラスチックなどの成形過程の評価のみならず,将来的にはDNAなど高分子の構造解析にも応用が期待されます.

ひも状ミセル水溶液の構造変形の可視化